物事を分かりにくく説明するための効果的技法
複雑で難しい内容を、分かりやすく伝えるのが私たちの仕事です。その反動か、同僚相手に分かりにくく説明して困るのを楽しむという、趣味の悪い遊びがあります。今回は、お客様には決して見せない私たちだけの楽しみ方を紹介しましょう。
否定的な覚え方を紹介する
「○○と間違えやすいので注意しましょう」みたいな、否定的な説明は、本当に大事なこともあるのですが、混乱させるためにも役立ちます。また、「××ではありません」という説明をすることで、それまで分かっていたことまで間違わせることができます。
典型的な説明を紹介しましょう。
Windows XPのシステムパーティションにはBOOT.INIファイルがあり、ブートパーティションには¥Windows¥System32フォルダーがあります。
「システムパーティション」には「BOOT.INI」、「ブートパーティション」には「SYSTEM32」という対応付けはなかなか分かりにくいのではないでしょうか。
では、こっちはどうでしょう。
Windowsの起動システムが格納されたハードディスク領域を「システムパーティション」、ブートするOSが格納された領域を「ブートパーティション」と呼びます。
「起動システム」と「システムパーティション」、「ブートOS」と「ブートパーティション」と結びつけることで分かりやすくなってしまいます。これでは相手を混乱させることができません。失敗です。
その他、誰も間違えていないものを「間違えやすい」と言って、間違わせるテクニックもあります。
マイクロソフトのAccessとExcelはどちらもビジネス分野でよく使われます。間違えて「アクセル」とか言わないでくださいね。
この説明を聞いた途端に間違えそうになります。このように、言わなくていいことを言うのは、丁寧な説明に感じるのでさらに効果的です。
的を外した比喩をする
さらに効果的なのは、的を外した比喩です。
昔、同僚が言った伝説の「たとえ話」に「実行プロセスはサメです」というものがあります。本人の名誉のために言っておくと、これは教室での発言ではなく、後輩社員をからかうために昼休みに言ったものです。
「実行プロセス」は、動作中のプログラムのことです。サメが泳ぐのをやめて止まると酸素不足で死んでしまうように、実行プロセスも止まると死ぬ(停止してメモリ上から取り除かれる)という意味だそうです。ただし、サメの中には水中で停止しても問題なく生息できる種類もあると聞いています。同僚には、ここはむしろ「マグロのことです」と言うべきだと指摘しておきました(実際には、泳ぐのをやめても水が流れていれば大丈夫だそうです)。
相手が知らないことでたとえるのも効果的です。これはどうでしょう。
ラジオボタンは、カーラジオのボタンと同じ動作をすることから名付けられました。
これは実際に「分かりやすく説明しよう」と思ったのであって、最初から「分かりにくく説明しよう」という意図はありませんでした。そのため「カーラジオのボタンってなんですか?」と言われたときは衝撃的でした。カーラジオは、ボタンごとに放送局を割り当て、1つのボタンを押すと他のボタンがクリアされる構造になっています。GUIパーツの「ラジオボタン」はそこから来ているのですが、オリジナルのカーラジオを知らなければ意味が分かりません。これも、言わなくてもいいことの一種です。
ところで、カーラジオは分かりますか? 自動車に付いているラジオのことです。ラジオ、今でもありますよね?
新しい単語を知らない言葉で説明する
「分かりにくいたとえ」の亜種として、相手が知らない言葉を使って説明する技法があります。例を挙げましょう。
「Azure Blueprint」というサービスがあります。これは、マイクロソフトのクラウドサービス「Azure」が提供する機能で、関連する複数のリソースを一度に作成するツールです。「Blueprint」は、建築などで使われる図面に由来し、日本語では「青焼き」と呼ばれます。「青焼き」の代表的な製品がリコー社の「リコピー」です。乾式コピーの「ゼロックス」に対して、湿式コピーの「リコピー」です。
Blueprintという言葉の意味を説明するのに、「青焼き」「リコピー」「湿式コピー」と、知らない単語が3つも登場しました。単に「Blueprintは設計図の意味で使います」だけだと「語源は何かな?」と思いながらも、なんとなく納得できたはずです。しかし、知っていても特に役に立たない情報を詳しく説明することで、かえって理解度が下がります。これもまた、言わなくてもいいことの一種です。
【参考】リコピー
株式会社リコーは、ジアゾ式複写機(いわゆる青焼き)の先駆者であり、1955年に発売された第1号機のリコピー101は、2012年に機械遺産に認定されている。
【参考】ゼロックス
「ゼロックス」という語は、かつては同社の隆盛とともに「複写機」と同義に使われていた。
同じものに違う名前を付け、違うものに同じ名前を付ける
今回紹介する最後の、そして最も効果的な技法が「同じものに違う名前を付ける」または「違うものに同じ名前を付ける」です。バリエーションに「日本語訳と英語を混ぜて使う」というのもあります。
たとえば、Microsoft Azureでは、暗号化キーなどの秘密情報を保存する場所を「Key Vault」と呼びます。日本語訳は「キーコンテナー」です。同様に「Backup Vault」は「バックアップコンテナー」です。「vault」は「金庫室」の意味なので「キー金庫室」とするか、いっそ「キーボルト」としてくれればvaultと同じものだと気付きやすいのですが「コンテナー」と外来語を割り当てることで混乱度合いを上げることに成功しています。
両者が対応することを強調するため、「キーコンテナー、つまりKey Vaultですね」と繰り返し何度も言うと混乱させることができません。忘れた頃に違う言葉を使うのがコツです。
これが「Virtual Machine」だと、「バーチャルマシン」と「仮想マシン」の2つが混在するのですが、英語と日本語が対応するおかげであまり混乱しません。それでも、初級者には分かりにくいでしょうから、意味ありげに使い分けているように見せかけると効果的です。
なお、同じクラウドサービスでもAWSの場合は、「仮想マシン」という一般名称と、AWS仮想マシンのサービス名である「EC2」を混在させることで、分かりにくくすることが簡単にできます。
別の例も紹介しましょう。図で「ロール」と「役割」という2つの言葉が混在していますが、どちらも英語は「role」です。日本語版と英語版を見比べてみてください。
▼日本語版
▼英語版
ロールと役割は、英語と日本語ではありますが、同じ画面に混在させることで、見た人を混乱させることに成功しています。これも、繰り返し「ロールつまり役割」「役割つまりロール」と連呼すると分かりやすくなってしまうので、なるべく時間をおいて違う言葉を使うようにするのがいいでしょう。
このように、分かりにくく説明し、相手を混乱させるにはさまざまな技法があります。この機会にみなさんも考えてみてはいかがでしょう。
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