
「Windows温故知新」第9回 Windows 95~インターネットの大衆化~
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ネットワーク機能を標準装備し、インターネットを身近なものにしたOSがWindows 95です。Windows 3.xの多くの課題を一気に解決し、パソコンを身近にした歴史的価値の高いOSと言っていいでしょう。今回は、そんなWindows 95について扱います。
目次
Windows 3.xの課題とWindows 95
前回挙げたようにWindows 3.xの課題は大きく3点ありました。
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マルチタスク
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メモリ管理
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ネットワーク機能
Windows 95では、従来の16ビットアプリケーションに代わって、32ビットアプリケーションが使えるようになりました。Windowsの32ビット対応機能を「Win32」と呼びます。これに対して、従来のWindows 3.xアプリケーションが使っていた機能を「Win16」と呼ぶようになりました。
Windows 95のWin32アプリケーションはWindows 3.xの多くの問題を解決しました。もちろんWindows 3.xとの互換性もあり、過去の資産も活かせます。ただし、互換性を重視した結果、Windows 3.xアプリケーション(Win16アプリケーション)には多くの制約が残りました。
図1:Windows 95で解決した課題と残った課題
まず、協調型マルチタスクからプリエンプティブなマルチタスクになり、アプリケーション障害に強くなりました。マルチタスクの動作については連載第5回で解説しています。
しかし、プリエンプティブなマルチタスクに対応したのはWin32アプリケーションに限られ、Win16アプリケーションは相変わらず協調型マルチタスクで動作していました。
メモリ管理も、セグメント方式から本格的なデマンドページング方式に切り替わり、管理効率が向上しました。メモリ管理の詳細は連載第6回で紹介しています。
ただし、こちらもWin16アプリケーションについては相変わらずセグメント方式の制限がありました。また、一部のプログラム(特にデバイスドライバー)は640KiB以下のコンベンショナルメモリ領域を必要としており、新しいWin32アプリケーションでも想定外の「メモリ不足」エラーに直面することがありました。
ネットワーク機能も標準装備され、MS-DOSにネットワーク機能を追加したときのような難しさはなくなりました。日本ではWindows for Workgroupsが登場しませんでしたから、特に歓迎されました。ただし、ネットワーク機能はデバイスドライバーとして実装されていることが多く、640KiB(コンベンショナルメモリ)の制限で問題を起こすことも多かったようです。
このようにWin16アプリケーションでは制約があったものの、Win32アプリケーションでは多くの問題が解決しました。Windows 95の開発は予定よりもかなり遅れたのですが、これだけ多くの機能を詰め込んだのですから、予期しない多くのトラブルがあったに違いありません。
ちなみに、Windows 95の開発コード名は「Chicago」として1993年には知られていました。これにあやかって、1994年にはパソコンチェーン店「ソフマップ」の「秋葉原1号店」として「Chicago」が開店しています(現在は閉店)。記念に看板の写真くらい撮っておくのだったと後悔しています。
しかし、本来開発コード名というのは、発売前の新製品情報を隠すために使うものですが、発売のずっと前から開発コード名とともに製品内容が広く知られていたのは不思議なことです。
その他、一般にアピールした拡張機能としてユーザーインターフェースがありました。たとえば、Windows 3.xでは完全に重なり合ったウィンドウを表示する方法に気付かない人は多かったようです。Windows 95では「タスクバー」を導入することにより、隠れたウィンドウでも即座に表示できるようになりました。これについては連載第4回も参照してください。
Windows 95深夜販売
Windows 95英語版は1995年8月24日に発売さました。米国では8月23日の深夜に午前零時に向かってカウントダウンが行なわれ、24日になった瞬間に販売開始というイベントが開催されたそうです。これをヒントに、日本語版の発売日にも同様のイベントを開催しようと、PC販売店から声が上がり、マイクロソフトも後押しすることになりました。
日本語版Windows 95の発売日は1995年11月23日ですが、22日の夜から秋葉原を中心にいくつかの販売店でイベントが開催されています。11月23日は祝日ですから、22日の深夜にイベントを開催しても問題は少ないだろうという判断もあったようです。
米国でのWindows 95の評判は高く、日本でも期待がふくらんでいましたが、パッケージ販売は少々加熱しすぎだったように思います。パソコンにまったく興味のない人まで話をしていましたし、ふだんはソフトウェアを扱わない書店で売っていたのも見かけました。Apple Macintoshユーザーも買っていたという噂も聞きました。さすがにそれは作り話だろうと思いますが、それくらい大きなブームでした。
Windows 95は、年号の入った最初のWindowsとしても知られています。「名詞+年号」の表現は米国では昔から一般的だったそうですが、日本では「カルメン '77」くらいしかなかったように思います。若い人のために書いておくと、1977年にヒットしたピンクレディーの曲です。ピンクレディーはご存じですか?
Windows 95とインターネット
Windows 95はネットワーク対応ではありましたが、インターネット対応ではありませんでした。そもそも、当時のビジネス界ではTCP/IPはそれほど重視されておらず、「研究者の実験プロトコル」くらいの認識だったのではないでしょうか。
状況が変わったのは1995年5月26日、ビル・ゲイツ(当時はマイクロソフト社のCEO)が「Internet Tidal Wave(インターネットという津波)」というタイトルのメールを管理職向けに出してからです。ちなみに「Tidal Wave」は「津波」の意味ですが、現在はあまり使われないそうです。「tidal」は「潮汐」のことですが津波は潮汐とは無関係です。そのため、現代英語(特に2000年代以降)では日本語由来の「Tsunami(ツナミ)」がよく使われます。
英語版Windows 95の出荷が1995年8月なので、ビル・ゲイツのメールが出たときには製品はほとんど完成していたはずです。そのため、初期のWindows 95は「The Microsoft Network(MSN)」という、パソコン通信の延長にあるようなサービスのみが利用可能でした。MSNはインターネットではなく、マイクロソフトが運営するサーバーのみに接続する機能です。インターネットはさまざまな企業が提供するサービスに自由に接続できますが、初期のMSNはそうではありません。インターネット関連の機能は「Microsoft Plus!」という別売りの拡張機能として提供されていました。つまりWindows 95だけではインターネットは利用できなかったのです。マイクロソフト初のWebブラウザー「Internet Explorer」も「Microsoft Plus!」の一部です。
図2:初期の「The Microsoft Network(MSN)」
しかし、ビル・ゲイツの指示で、すぐにインターネット接続機能が強化され、1996年にはWindows 95のマイナーチェンジ版「OSR2 (OEM Service Release 2)」が登場し、Internet Explorerが標準搭載されるようになりました。同時に、MSNも独自サービスからポータルサイトとなり、さまざまなサービスがインターネット上で提供されるように変更されています。ただし、OSR2は名前の通りOEMベンダーが自社PCにバンドルするためのバージョンで、単体販売はされていません。無印Windows 95を使っていたユーザーがOSR2相当の機能を享受できるのはWindows 98まで待つ必要がありました。
それにしても、このあたりのマイクロソフトの方針転換の早さはたいしたものです。
プラグ・アンド・プレイの実装
Windows 95でもうひとつ画期的だったのが「プラグ・アンド・プレイ」の実装です。
それまでは、新しいデバイスを利用するには以下の手順が必要でした。
- デバイスを使うためのソフトウェア(デバイスドライバー)をハードウェアベンダーから入手
- CONFIG.SYSという構成ファイルにデバイスドライバーのファイル名と構成オプションを記述
- デバイスを装着してOSを再起動
MS-DOS後期には再起動なしにデバイスドライバーを登録する「ADDDRVコマンド」も追加されましたが、対応しない場合や、正常に動作しない場合もありました。
以下は実際に使っていたCONFIG.SYSの内容です。MS-DOS用なので、ネットワークカードの追加や、日本語キーボードの設定、漢字表示の設定などを含んでいます。
files=60
buffers=20
dos=high,umb
stacks=9,256
lastdrive=z
DEVICE=HIMEM.SYS /testmem:off
DEVICEHIGH=C:\LANMAN.DOS\DRIVERS\PROTMAN\PROTMAN.DOS /i:a:\LANMAN.DOS
DEVICEHIGH=C:\LANMAN.DOS\DRIVERS\ETHERNET\E100B.DOS
DEVICEHIGH=C:\DOS\BILING.SYS
DEVICEHIGH=C:\DOS\JFONT.SYS /MSG=OFF
DEVICEHIGH=C:\DOS\JDISP.SYS /HS=LC
DEVICEHIGH=C:\DOS\JKEYB.SYS /106
Windows 95では、これがデバイスを物理的に装着するだけで完了するようになりました。多くのデバイスドライバーは最初からWindows 95に組み込まれていましたので、本当に何もする必要はありません。Windows 95に組み込まれていない場合でもGUIの指示に従ってファイルを指定するだけで完了しました。複雑な構成ファイルを記述する必要はありません。
今では当たり前の機能ですが、実現したのはWindows 95からです。
Windows 95の総所有コスト(TCO)
ネットワーク機能が利用可能になると、企業内システムの端末として利用する企業が出てきました。メインフレーム機の端末が1台あたり4,000ドル程度だったのに対して、PCだと2,000ドルくらいになります。1995年当時の為替相場は1ドル100円程度でしたから、1台あたり20万円の差が出てきます。
しかし、ここで「ハードウェアが安いだけで飛びつくのは早い」と言いだした人がいます。有名なところでは、Windows 3.xの時代から警鐘を鳴らしていたスコット・マクネリ(サン・マイクロシステムズ社CEO)や、Windows 95時代のラリー・エリソン(オラクル社CEO)です(括弧内はいずれも当時の肩書き)。サン・マイクロシステムズ社はのちにオラクル社に買収されるのですが、これは偶然です。
彼らは「Windowsを利用するためのハードウェア価格は安いが、総所有コスト(TCO: Total Cost of Ownership)は高い」と主張しました。TCOは、ハードウェアの価格とソフトウェアの価格、そして導入や運用に関連するコストや利用者の操作習得コストなどを合わせたものです。
図3:総所有コスト(TCO: Total Cost of Ownership)
Windowsは基本的に個人向けのOSですから、システム管理作業も個人で行ないます。設定を間違えるとシステムが動作しないだけでなく、最悪の場合は他のシステムにも悪影響を与えてしまいます。これがネットワーク接続された機器の恐さです。PCの専門家でもない人の操作ミスによって、社内システムがダウンするのはさすがに困ります。
そこで、TCOを抑えるには、個人ごとに自由な設定ができるPCではなく、専門家によって管理されたサーバーを使うべきだとしました。つまり、利用者は画面表示とキーボードやマウス操作だけを行ない、データやプログラムは専門家によって適切に管理されたサーバーに置くべきだということです。要するに、クライアントの能力を最小限に抑えようという思想です。この思想を実現したクライアントを「シンクライアント(Thin Client: 薄いクライアント)」と呼びます。
図4:シンクライアント
サン・マイクロシステムズ社はUNIXサーバーの会社です。UNIXのウィンドウシステムは「X」と呼ばれ、シンクライアントと同様の動作をします。また、オラクル社はデータベース管理システムを、主にUNIXサーバー向けに提供していたため、UNIXとは縁が深かったのでしょう。
写真:サン・マイクロシステムズ社のサーバーとワークステーション
マイコン博物館で筆者撮影
ターミナルサービスとシステムポリシー
TCO批判を受けたマイクロソフトは2本立てでこれに対応します。
1つ目は、「Windows NT 4.0 Terminal Server Edition」というシンクライアントサービス用のサーバーOSです(Windows NTについては次回以降で紹介)。ただし、こちらは従来のアプリケーションとの互換性に問題があり、当初はそれほど広くは使われなかったようです。
問題が解決したのはWindows XP(2001年)が登場してからです。詳細は省略しますが、Windows XPからアプリケーションの認定要件が追加され、結果としてシンクライアントにも対応せざるを得ない状態になったためです。
2つ目は「システムポリシー」の導入です。システムポリシーは、Windowsの構成情報をサーバー上に保存し、複数のクライアントで共有する機能です。これにより、ユーザーの勝手な操作を禁止するとともに、システム管理者はユーザーに代わって複雑な設定を自動化できるようになりました。システムポリシーの機能はWindows 95から備わっており、サーバーとしてはWindows NTを想定していました。
ただし、システムポリシーは機能的に十分とは言えない面もありました。たとえば、システム管理者が設定した構成を、ユーザーが無断で変更するような抜け道ができやすいという問題が指摘されています。
この問題を解決するには、2000年にWindows 2000とともに登場したActive Directoryドメインサービスと、それを利用したグループポリシーの登場を待つ必要があります。
トレノケートでは、シンクライアント機能の後継サービス(リモートデスクトップサービス)について「マイクロソフトデスクトップ仮想化ソリューション(リモートデスクトップとVDI)」で扱っています。現在は提供を中断していますが、興味のある方はお問い合わせください。
また、グループポリシーについては「Windows Server システム管理基礎 (後編)」の一部で扱っています。その他、書籍では拙著「グループポリシー逆引きリファレンス厳選98」で詳しく扱っています。
終わりに
今回はWindows 95について取り上げました。Windows 95のあとはWindows 98、Windows 98 SE(Second Edition)、Windows Me(Millenium edition)と続きますが、筆者は実際に仕事で使ったことがないため、本連載ではいずれも扱いません。次回は少し年代をさかのぼってWindows NT 3.1(1993年)について紹介します。
主な出来事
1990年 Windows 3.0 (日本語版は1991年)
1992年 Windows 3.1 (日本語版は1993年)
1992年 Windows for Workgroups 3.1 (日本語版は提供されず)
1993年 トレノケートの母体となった「日本DEC教育部」マイクロソフト認定教育コース提供開始
1993年頃 サン・マイクロシステムズ社のスコット・マクネリがTCO批判
1993年 Windows NT 3.1発売
1994年 Windows NT 3.5発売
1995年 Windows NT 3.51発売
1995年頃 オラクル社のラリー・エリソンがTCO批判に加わる
1995年 Windows 95発売(システムポリシーも利用可能)
1996年 Windows 95 OSR2提供開始(インターネット時代の到来)
1996年 Windows NT 4.0発売(システムポリシーの利用が本格化)
1998年 Windows NT 4.0 Terminal Server Edition発売
2000年 Windows 2000でActive Directoryドメインサービスとグループポリシーを実装
2001年 Windows XPでシンクライアント対応が強化
Microsoft認定トレーニングならトレノケート
横山 哲也(よこやま てつや)
1994年から現在まで、Windows Serverの全てのバージョンで教育コースを担当。2005年からはサーバー仮想化、2014年からMicrosoft Azure関連コースを担当。 現在は、AzureとWindows Serverを中心に教育コースを実施しているほか、新規コースの企画・開発も担当している。 2003年から2018年まで16年連続でMicrosoft MVPを受賞した。
主な著書には、「ストーリーで学ぶWindows Server」、「ひと目でわかるAzure 基本から学ぶサーバー&ネットワーク構築 第4版(日経BP)」、「グループポリシー逆引きリファレンス厳選98(日経BP)」、「徹底攻略 Microsoft Azure Fundamentals教科書 [AZ-900] 対応 第2版」がある。
趣味は写真、好きなサービスは「Active Directoryドメインサービス」、推しているアイドルは「皆本しいね(君のメインヒロイン)」。
【資格・認定】
Microsoft Certified Trainer (MCT)
Microsoft Certified: Azure Solutions Architect Expert
Microsoft Certified: Azure Administrator Associate
Microsoft Certified: Azure Fundamentals
Microsoft Certified Solutions Expert: Cloud Platform and Infrastructure
Microsoft MVP (2003年~2018年)
EXIN Cloud Computing Foundation
AWS 認定クラウドプラクティショナー
※詳細な講師紹介は こちら




