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「Windows温故知新」第12回 Windows NT 4.0~Windows Serverの普及~

このシリーズでは、Windowsの歴史を通して、現在の技術を再確認していきます。元々は「アットマークIT」で連載していた「Windows温故知新」という記事でしたが、担当者の異動に伴い第7回で終了となったため、弊社ブログにて続きを掲載します。
第1回から第7回の紹介はこちら
第8回から第11回も弊社ブログで掲載しています。

Windows NT 3.5/3.51でほぼ完成の域に達したWindows NTですが、実際に運用環境に投入した会社は少なかったようです。「爆発的」と言っていいほどのブームが起きたのは1996年に発売されたWindows NT 4.0です。

目次

製品の成り立ち

Windows NT 4.0の開発コード名はSUR(Shell Update Release)で、Windows 95互換のユーザーインターフェースを提供することが目的でした。本来開発コード名は開発製品を推測されないように命名するものですが、こんなコード名ではバレバレです。おそらく秘密ではなかったのでしょう。

「シェル(shell)」は、OSの内部構造(カーネル)に対して、利用者が操作できるアプリケーションで、サインイン後に実行される最初のプログラムです。UNIXやLinuxでは「シェル」と呼ばれるコマンドインタプリタが相当します。以前は「B Shell(Bourne Shell)」や「C Shell」が有名でしたが、現在では「bash (Bourne Again Shell)」が広く使われているようですね。

Windows NT 3.51以前では、サインイン後に最初に起動するのは「プログラムマネージャー」と呼ばれるプログラムでしたが、使い勝手は必ずしも良くありませんでした。特に、隠れたウィンドウを操作するのに戸惑う人は多かったようです(私もそうです)。これについては連載第8回「Windows操作時の音やアニメは本当に必要だったのか?~UIの変遷を学ぶ:UX編~」も参照してください。

Windows NTが登場した頃は画面サイズも大きくなってきたので、Windows 95ではこの問題を「スタート」メニューと「タスクバー」を使って解決しました。これらを実現しているのが「エクスプローラー」であり、Windows 95の「シェル」と言えます。Windows NT 4.0からWindows 95と同様のエクスプローラーが実装され、ウィンドウ操作は格段に使いやすくなりました。

ただし、OS内部(カーネル)は意外に変わっていません。見かけは変わっていないのに中身は大きく変わったWindows NT 3.5とは逆に、見かけは変わったのに中身があまり変わっていないのがWindows NT 4.0です。

 画面1: Windows NTのインストールメディア実行画面 

画面サイズの変遷

「画面サイズが大きくなった」といっても、当時は「1024×768」が標準で、「1280×1024」が高解像度でした。Windows 2000のマイクロソフト認定技術者試験教材「Win! MCP」を作成した時は制作会社のアドバイスで「最低解像度800×600」に設定しました。今となってはスマホ以下です。

当時の画面ショット見ると、最低解像度が640×480だったことがわかります(画面2)。色数も256色は珍しくありませんでした。

画面2: Windows NT 4.0の画面設定

長く使われてきた4対3という画面比率は当時のテレビ放送の画面に準じたものです。もともとはコダック社が決めた映画フィルムの比率で、それをそのままテレビ放送が採用しました。一方、映画はテレビに対抗するため横幅が広くなっていき、ビスタビジョンや、さらに横長のシネマスコープに進化します。ちなみに広く使われているビスタ版(アメリカンビスタ)の縦横比は約16.6対9で、現在のテレビ放送規格である16対9に近い比率です。ビスタサイズを意識した部分もあったようですね。

ちなみにドイツのエルンスト・ライツ社(現在のライカカメラ社)は映画フィルムの2コマを1つの画面で撮影するカメラ「ライカ」を発売し、ベストセラーになります(ライツのカメラなのでライカ)。4:3のコマを縦に並べると4:(3+3)となり、4:6=2:3になります。現在でもレンズ交換可能なカメラが3:2の画面比率なのはこのためです。一方、コンパクトカメラはテレビにあわせて今も4:3が多いようです。

図1: 画面解像度の変遷

Windows NT 4.0ブーム

冒頭で記したように、Windows NT 4.0は広く普及し「ブーム」と言っていいほどでした。また、マイクロソフト認定技術者試験も認知度も上がり、受験者も大きく増えました。当時のWindows NT 4.0のマイクロソフト認定カリキュラム(当時の日本独自の呼称はMicrosoft University、略称MSU)は以下のとおりです。

  • Windows NT 4.0運用管理(3日間)
  • Windows NT 4.0コアテクノロジー(5日間)
  • Windows NT 4.0 TCP/IPネットワーキング(5日間)
  • Windows NT Server 4.0 エンタープライズ テクノロジー(5日間)

さらに、前提知識として「ネットワークエッセンシャル」2日間として設定されていたので、合計20日となります。30年後の現在、オンプレミスWindows Serverのコースとして提供されていたのは以下の2コース各4日、合計8日です。

  • Windows Server ハイブリッド コア インフラストラクチャの管理(AZ-800)
  • Windows Server Hybrid Advanced Services の構成(AZ-801)

これが、秋からは「Windows Serverの管理(AZ-802)」という5日間コース1つだけになります。TCP/IPなどのネットワーク技術が一般化したため、内容が減っていることを差し引いても20日間が5日になるのは相当な決断です。

オンプレミスWindows Serverを学習するなら、公式カリキュラムではなく教育ベンダーの独自コース、トレノケートなら以下のコースなどをおすすめします。

Windows Serverシステム管理基礎(前編)(3日間)
Windows Serverシステム管理基礎(後編)(2日間)
Active Directory最小構成実践(1日間)

当時Windows NT 4.0の教育コースで最も人気が高かったのが、ユーザー登録やファイルサーバー設定などWindows NTの日常的な管理を扱う「Windows NT 4.0運用管理」で、ほぼ毎週実施しているのに、毎回満席(20名)近い受講者に来ていただきました。ときには2クラス並行開催として40名近く参加していただいたこともあります。Webアーカイブがあったので、1998年1月26日分を紹介しておきます。本当に毎週実施していますね。

https://web.archive.org/web/19980126060104/http://www.globalknowledge.co.jp/course/property/V821J.html

フェールオーバークラスター

1997年には「Windows NT 4.0, Enterprise Edition」が発売され、「フェールオーバークラスター」という障害対策機能が実装されました。それに伴い「Microsoft Windows NT 4.0クラスタテクノロジー」という2日間のコースが始まっています。このコースは、連載第10回で紹介した同僚が米国で受講して日本で最初に実施しました。当時はマイクロソフト公式コースの実施には同コースの受講が必須でしたが、オンライン受講も仕組みはなく、最初は現地に行くしかありません。米国受講時に同僚がお土産でもらってきたコースビデオが出てきました。VHSテープですが、もう再生機器を手放した人も多いことでしょう。

写真1: フェールオーバークラスターの研修ビデオ

ちなみに、Windows NTフェールオーバークラスターの開発コード名は「Wolfpack」でした。「wolf pack」は「狼の群れ」のことで、独立した個体が助け合って動作する様子から名づけられたようです。しかし、本来開発コード名は開発製品を推測されないように使うわけで、wolf pack = 群れ = クラスターと容易に想像できるのはどうかと思います。最近では、競合他社をけん制するためか、「公式リーク」とか「公開用開発コード」なんていうのもあるので、それかもしれません。

しかし、英語で「群れ」に相当する単語が多いのはなぜなんでしょうね。狼はpack、ライオンはpride、牛や馬などはherdですが羊やヤギはflock、魚はschoolです(「めだかの学校」という曲はここから来てるのでしょうか)。

さて、「フェールオーバークラスター」にはいくつかの方式があるのですが、Windows NT 4.0で採用されたのはディスク共有型クラスターです(図2)。「ディスク共有」と呼びますが、ある時点では1台のサーバーがディスクを占有し、複数のサーバーからの同時アクセスはできません。たとえばAとBの2台のコードでクラスターを構成している場合で、最初はAがクラスターディスクを占有していたとします。この時点でBはクラスターディスクにアクセスできません。ここでAが障害を起こして停止した場合(フェイル=失敗)、動作がBに切り替わります(オーバー=切り替え)。停止したAからのクラスターディスクへのアクセスがなくなるため、ディスクの使用権もBが引き継ぎます。

図2: ディスク共有型フェールオーバークラスター

クラスターディスクは2台のどちらからでもアクセスできる必要があります(同時アクセスはありませんが)。そのためには、PCで広く使われているATAではだめで、ファイバーチャネルやシリアルSCSIディスクが必要になります。また、PC-9801シリーズやMacintoshでもよく使われていたパラレルSCSIも(非推奨でしたが)利用できます。

IBM PC/ATアーキテクチャではSCSIは一部の高性能機でしか使われていなかったため、演習用PCにはSCSIボードを購入する必要がありました。また、ファイバーチャンネルは大変高価ですし、シリアルSCSIは当時まだ一般的ではありませんでした。そこで、DECのワークステーションで使っていた外付けパラレルSCSIディスクドライブ(型番はRZ-55)を使うことにしました。容量は330MB、GBではなくMBです。

RZ-55は5インチのフルハイトディスクで(もうそんな巨大なディスクは見た人も少ないでしょう)、大変重いものでした。持ち運び用の取っ手がついているのですが、2台を両手に持つと足が沈むような感覚になったくらいです。検索すると重量は2.7kgと出てきましたが、体感ではもっとずっと重い感じがしました。もしかしたら、2.7kgというのはディスク本体だけの重さかもしれません。我々が使っていたのは電源を内蔵した独立型のディスクでした。

パラレルSCSIが非推奨だったのは、ケーブルが長いと動作の安定性に問題が出るためです。サーバー筐体内で使うには問題ないのですが、外付けだとどうしてもケーブルが長くなります。研修で使う程度ならほぼ問題ないのですが、それでもたまにエラーが出ていました。障害対策としてのフェールオーバークラスターなのに、そのクラスターが障害を起こしたのでは意味がありません。

リモートデスクトップサービス

Windows 95が普及期に入った1997年頃「Windowsの導入コストは安いものの、運用コストが高い」という批判が出てきました。いわゆる「TCO(Total Cost of Ownership)」問題です。これに対応するため、1998年に「Windows NT 4.0, Terminal Server Edition」が登場します。いわゆる「シンクライアント」を実現するための製品です。詳細は連載第9回で扱ったので、そちらを参照してください。

ちなみに、Windows NT 4.0, Terminal Server Editionの開発コード名は「Hydra」です。Hydra(ヒドラまたはヒュドラ)はギリシャ神話に登場する怪物で、複数の頭を持ちます。本体は1つで多くのユーザーをサポートすることから「身体は1つ、頭は複数」という怪物の名前を選んだのでしょうが、そもそもコード名というものは(3回目なので以下略)。

出版業界の様子

Windows NT関連書籍も数多く登場しました。最初に出たのは英語からの翻訳「インサイドWindows NT」です。当時、マイクロソフトの公式出版物はアスキー(後のアスキー・メディアワークス)から出版されました。ちなみにマイクロソフトの日本法人ができる前、マイクロソフトの日本総代理店はアスキーで、アスキー創業者の西和彦氏は米マイクロソフトのVice Presidentでした。

「インサイドWindows NT」の著者はヘレン・カスター氏でした。テクニカルライターらしく、非常に読みやすかったのですが、残念ながら技術的にあまり深いところまでは触れられていませんでした。1998年の第2版からは、著者がデビッド・ソロモン氏になり、技術的にも充実してきました。デビッド・ソロモン氏はWindowsに関するセミナーを運営していた人です。第3版からはマーク・ルシノビッチが著者に加わり、さらに内容が高度になりました。このあたりの経緯は以前に「【本の特盛り】インサイドWindows」でも書いたので、興味があればご覧ください。なお、最新版は第7版で、上下巻に分かれて日経BPから出版されています。翻訳は、後述する「月刊Windows NT World」の常連筆者だった山内和朗氏です。

インサイドWindows 第7版(上)
インサイドWindows 第7版(下)

日本オリジナルの書籍としては、日経BPから「Windows NT 3.5完全技術解説」(1995年)、「Windows NT 3.51」(1996年)に続き、「Windows NT 4.0完全技術解説」(1997年)が出版されています。本来は「Windows NT 3.1完全技術解説」が出る予定だったそうですが、原稿執筆が遅れているうちにバージョンが上がってしまったそうで、3.5からスタートすることになりました。

「Windows NT 3.5/3.51完全技術解説」の執筆には同僚が参加していたのですが、4.0から私が参加しました。Windows NTの書籍はまだあまり出てなかったこともあって、お求めいただいた方も多かったようです。ありがとうございました。

 

「第3部 Windows NTの導入と運用管理」を担当しました。総ページ数800、厚い! 
 写真2: Windows NT 4.0完全技術解説

1996年8月にはIDGジャパン(当時)からITプロフェッショナル向けの月刊誌「月刊Windows NT World」が発売されました(1993年には「月刊Windows World」が発売されていましたが、こちらは一般利用者向けでした)。「Windows NT World」はその後「Windows 2000 World」から「Windows Server World」と誌名を変えて続きましたが、2009年12月で休刊(実質的な廃刊)となりました。「Windows Server World」誌では連載コラムも持たせていただき、大変お世話になりました。連載の一部(正確には連載記事の元原稿を手直ししたもの)はこちらで読むことができます。技術的な内容はあまり含まないので、気楽に読めるはずです。
「Go, Go, Go, in Peace」

ちなみにIDGジャパンはすべての雑誌を休刊し、Webメディア「Computer World」を運営していましたが、2013年4月末で日本から会社ごと完全撤退しました。なお、その翌々月6月から日経BPのWebサイトで米国IDG社提供の記事が掲載されるようになりましたが、これは撤退した日本法人とは無関係だったようです。なかなか厳しいですね(米IDG社のページは閉鎖)。

終わりに

今回はマイクロソフトのサーバーOSの普及に貢献した「Windows NT 4.0」について取り上げました。次回はActive Directoryドメインサービスとともに登場したWindows 2000について扱います。

参考文献

「Windows NT 4.0完全技術解説」日経BP
及川卓也(著)・横山哲也他(共著)

主な出来事

1993年 トレノケートの母体となった「日本DEC教育部」マイクロソフト認定教育コース提供開始
1993年 「月刊Windows World」創刊
1993年 Windows NT 3.1
1993年 「インサイドWindows NT」出版(日本語版)
1994年 Windows NT 3.5
1995年 「Windows NT 3.5完全技術解説」出版
1995年 Windows NT 3.51
1996年 「Windows NT 3.51完全技術解説」出版
1996年 Windows NT 4.0
1996年 「月刊Windows NT World」創刊
1997年 「Windows NT 4.0完全技術解説」出版
1997年 Windows NT 4.0, Enterprise Edition
1998年 「インサイドWindows NT第2版」出版(日本語版)
1998年 Windows NT 4.0, Terminal Server Edition

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